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ヒーリーメドウ Healy Meadows
「ここがあるからロッキーで暮らしてる」。ヒーリーメドウで偶然出会った知人の言葉だ。
表現が難しいこの感動を、上手く言葉にしたもんだ。まったくそのとおり。広大なメドウに黄色がどこまでも続く。何度来ても新鮮な感動に満たされるのはなぜだろう。「やっぱりオレもロッキーからは離れられないなぁ・・・」。
クリークを越えると広がる最初のお花畑に感激。一段上がったお花畑は更に感嘆。その後も次から次へと広がるお花畑には唖然とするばかり。黄色だけで埋め尽くされることにも改めて感心。いやいや、小さいけどWestern Spring Beauty の白だって負けじと咲いてるぞ。終点からの景観もやはり素晴らしい。
何度も見た光景なのに、今年も同じ場所で写真を撮っている。なぜこんなに咲くの? この広さはなんなの? 毎年同じ疑問を口にする。「来年も来るぞぉ!」の誓いもすっかり定例句。
パノラマ写真やビデオを用いても、この広さは表現不可。この興奮と感動はやっぱり文章にできない。以前もいろいろ書いたが、もうやめた。自分の足で確認してもらうのがイチバンだ。
ロッキーが世界に誇るお花畑、「ヒーリーメドウ」万歳!!
Glacier Lily の楽園も、7月下旬までには百花繚乱のお花畑に様変わり。彩り豊かな顔ぶれが、また出迎えてくれるだろう。さ〜て、今度はいつ頃足を運ぼうか?
写真・文 田中康一
www.ilovewintergreen.com
*このコラムに出てくる「黄色」はグレーシャーリリーですが、シーズンはすでに終了しています。
しかし、その後も様々な花が開花しますので、ぜひ足を運んでみてください。
*バンフタイムズウェブサイトには、より多数のカラー写真が掲載されています。



Tour De Blue Bike Trip
〜氷河ハイウェー500kmを自転車で走破〜
毎年8月に私が参加するこの"Tour De Blue"は、バンフからジャスパーを経て、ブリティッシュ・コロンビア州ブルー・リバーまでの500kmを自転車で走破するというものです。ブリティッシュ・コロンビア州でヘリスキー会社を経営するMike Wiegele氏の呼びかけで行われ、カナダ、オーストリア、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本から友人が集まり、共に500kmを走破してお互いの元気を確かめ合い、次の年の力走を誓い合います。
このイベントの主唱者のMike Wiegele氏は、2000年にカナダスキー界の"Hall of Fame"(栄誉の殿堂)入りを果たしました。今でも冬のシーズン6ヶ月間をヘリスキーをして過ごしており、その過重なスキーのためのトレーニングをかねて、十数年続けているのがこの"Tour De Blue"です。100歳までヘリスキーをするというのが彼の夢であり、目標を可能にするため、私は毎年参加し続けて行こうと心に誓っています。
私は、カナディアン・ロッキーの厳しいけれども、温かい自然の懐で元気よく楽しく遊べることの幸せをいつもかみしめています。今年も心の故郷ロッキーのBike Tripに挑戦です。
2004年8月23日〜27日 
DAY 1 (Banff〜Num-Ti-Jah)
出発前の記念写真です。真ん中がMr.Mike Wiegeleで左から2人目が筆者です。出発前のたのしいひと時です。レイクルイーズまでは過去に何十回と通ったところですから、鼻歌交じりでペダルを踏んでいけます。
DAY 2 (Num-Ti-Jah〜Ice fields)
自転車がパンクして困っている時、通りがかった2人がパンクを直してくれました。カナダの国ならではのあったかい心のぬくもりを体験しました。
途中、Mr. Wiegeleと記念写真。この後、氷河ハイウェーの最高地点アイス・フィールドまでの果てしない峠越えに挑み、無事到着しました。温暖化のため氷河が解けて後退してるそうです。
DAY 3 (Ice fields〜Jasper)
ジャスパーではプライムリブ・ステーキを食べないと通過できません。毎年夕食はこれを食べることにしています。私は35年前から感心していますが、カナダのアルバータ・ビーフのおいしさは時を経ても変わりません。とにかく食べることのとても楽しい国です。
この旅でもうひとつ感じたことがあります。山間部を抜けて広々とした美しい平野に出ると、必ず町があり人々が住んでいる。住む人々の感性の鋭さにいつも感服させられます。
DAY 4 (Jasper〜Valemount)
ジャスパーからベルマウント(ブリティッシュ・コロンビア州)までが一番長い距離です。(約120km)お尻の痛いこと、ひたすら耐えてペダルを踏みます。しかしその途中にロッキーの最高峰マウント・ロブソンを垣間見ると、その痛みも吹っ飛びます。なかなかその全容を見せてくれませんが、必ずその豪快な山肌を見せてくれます。
DAY 5 (Valemount〜Blue River) 
5日間を走破しての記念写真です。(ブルー・リバーの"Mike Wiegele Helicopter Skiing"のオフィスの前)左から4人目、カナダスキー界の英雄ナンシー・グリーンさんも一緒に走りました。(オリンピック・アルペンスキーの優勝者)
文・写真
森喜正
Mike Wiegele Helicopter Skiing
Japan General Manager
www.wiegele.com
Aemmer Couloir(前編)
バンフからトランスカナダハイウェイを走り、レイク・ルイーズの出口付近で左側に目をやると山頂に大きな氷河を抱いた山、マウント・テンプル(3,543m)が見える。
その山の左側にAemmer Couloir(エィミアー・クーロアール)と呼ばれる一筋の白い線に見える巨大なシュートがある(右写真)のだが、以前からスノーボードで滑ってみたいと思っていた憧れの一本だった。因みに山岳用語で、傾斜が急で深い岩溝のことを渓谷とか回廊、英語ではShoot(シュート)仏語ではCouloir(クーロアール)と呼ぶ。
一年に数日しか滑ることができないクーロアール
ここは滑れる時期が年間の何日かに限られており虎視眈々とチャンスを狙っていたが、なかなかそのチャンスに恵まれなかった。でもようやく今年になって気象の条件、そして互いの休みのタイミングに恵まれた僕らは、晴れて挑戦できる興奮と緊張と共に、一路レイク・ルイーズへと向った。
当日、夕方から出発した僕らは時間稼ぎの為、道路からシュートの麓までの最短距離の場所を地図上で探しだし、そこに車を停め森の中へと入る。
トレイルの全くない森の中をやぶ漕ぎの状態で歩く。テントやスノーボードの装備を背負った身体は嫌気がさすほど重く、まだ雪の残る森の中ではしばし腰まで埋まり苛立ったが、不意に下半身がスッポリと埋まったお互いを笑って励まし合った。小川沿いを2時間も登ると森林の限界線に出て、目前にマウント・テンプルが見えてきた。この山の麓を目指して歩き、エィミアーの丁度真下に着くと雪崩の危険性が少ない場所を選んでテントを張った。
荷物を下ろすと互いに作業を分担して全ての準備を始めた。夏至を1ヶ月前に控えたカナダでは夜の9時を過ぎても充分明るかった。
まずは何と言ってもビールを雪に差し込むことから始まり、テントの設営、食事の準備、そして翌日のクライミングの装備のチェックなど、全ての準備を日が暮れる前に終らせた。次の日にねらうエィミアーを横目に見ながらビールを開けて乾杯し、晩餐をとる。
「でけぇなぁ・・・。」ボソッと健司がコッヘルを片手にエィミアーを見上げながら言った。真下から見るとハイウェイから見るよりも格段にでかく、その姿は満天の星空に向ってそそり立つ天空へと通じる白い滑走路のようだ。
シュートの下部にはすでにデブリと呼ばれる、雪崩で流された雪の残骸が見える。その光景が嫌でも雪崩の心配をかき立てた。日が沈み真っ暗になった森の中から、いざ目前に迫ったエィミアーを見たせいか、二人共なんとも表現のしようのない不安な気持ちになっていた。ストーブの音だけが響く静寂の中、邪魔な不安を取り払うように残っていたビールを一気に飲み干した。
星の出ている今晩、明日はきっと天気も良くなるだろう。気象予報では気温の変化はさほどないとの事だったが、北向きのエィミアーが危険にさらされるとしたら午後に違いない。そう思った僕らは出発を早朝と決め、寝袋の中へ入った。
お決まりの朝寝坊
「やっちまった!!」翌朝、お決まりのように寝坊してしまった。慌てて健司を揺さぶり起こす。「おいっ! 健司。6時半だぞ!」夕べ少し酔っ払っていた健司は、「4時には起きて出発だぜ!」と豪語していた。そんな人が、揺さぶり起こしても全く起きない。それどころか寝ぼけて「もうすこし〜」などとぬかしている。すっかり夜が明けてテントの中が煌々と明るいので、ファスナーを開けていなくても天気が良いのがわかった。
朝飯のべーグルをくわえながら、パッキングを急いだ。ウェアの上から履いたハーネスにカラビナ、アイススクリューなどクライミングギアを付ける。頭の中の必要物リストにチェックを入れていく。ここまで背負ってきた100リットルのバックパックから、小さめのアタックバックに必要な物だけ詰め込みテントをあとにした。
シュートの入り口に来ると、これからの登攀に向けて大休憩を取った。傾斜の厳しいシュートでは一度登り始めると、座って休憩できる場所は頂上までない。荷物を下ろしてドップリと大地に腰掛け、ゆっくりと休んだ。休憩を取りながらクライミングの準備をする。ロープをセットしクランポンを履き、途中の空腹の為の行動食を上着のポケットに詰め込んだ。簡単なミスで外れないよう、スノーボードも入念にバックパックに取り付ける。今まで使っていたストックをその場所に残し、アイスアックスに持ち替えた。さあ登攀の開始だ!
滑落は許されない傾斜50度の斜面 
シュートの単調な登りをキックステップで上がっていく。先頭がそのキックステップで作った即席の階段を、後ろの人間がついて行く。疲れの度合いは比にならないほど違うが、疲労の激しい先頭がどうしても視線を下げてしまうので、後ろの人間が意識的に頭上を見続け落石や雪崩のチェックをした。
落石や雪崩の危険を避けたいため、そのルートを頭の中で描きながら登る。だがシュートは両側が岸壁で囲まれた溝の形になっているので、あまり逃げ道はない。そりゃそうだ、そもそも、普段から雪崩や土砂の流れが多いためにこんな地形になっているのだから。
大抵のシュートを登っていても、傾斜がキツイ所はホンの一部分だったりする。僕らは頻繁にコンパスで斜度を計ったが、このエィミアーは登り初めからずっと針は50度を指していた。
あまりの傾斜の為、先頭を登る自分の股の間から相方が見える。顔を見て話をするときは振り返るより、股の下を覗いたほうが早いくらいだ。こんな傾斜がきついなら、両手にアイスアックスを持てば良かった。片手に持った一本では少し不安だ。
決して滑落は許されない為、自分を確保しながら登る。お互いをロープでつなぎあってはいるが、実際相手が落ちたら100%支える自信はない。アイスアックスを持った手をぐっと伸ばし、斜面に突き立てる。そのアックスに充分体重を預けても良いと確認したら二歩上がる。そんな作業を何百回と繰り返して登っていった。
そして途中、幾度となく写真を撮るために立ち止まった。撮影という楽しみを、酷な登りの間に取り入れて疲れをまぎらわす。僕らは少し疲れると、腹に抱えるようにして持っていた一眼レフを取り出し、相手をカメラに収めた。
日当たりのせいか、ほんの2、3メートル横に移動すると雪質が変化する場所がある。なるべく楽をしようと、登りやすい場所を選んだ。だが時折、こぶしぐらいの落石や氷などが落ちてくる。頭上の壁に当たり粉々に散るのもあれば、速度を増して僕らの横を通過するのもあった。頭上を通過していく雪は、あたかも砂時計の砂が溜まるかの様に、身体に覆いかぶさった。
地元カナダで発行されているアルパインクライミングの本にも書いてあった。エィミアーの山頂には雪庇(雪のでっぱり)があり、その雪庇は見事にデカイと。そう、このシュートクライミングの最後は雪庇を登りきることだった。(次号に続く)
文・写真
K2C2
www3.telus.net/public/toloco/
イザベルさんとベア99は、どうして死ななければならなかったのか?
〜全文掲載〜
キャンモアの町に隣接したトレイルで、イザベルさんという女性を殺してしまったグリズリーベアの「ベア99」は、その直後に野生動物保護官により射殺されました。なぜこの事故を未然に防ぐことができなかったのか。そもそも、なぜこのような事故が町のすぐ近くで起きてしまったのか。事故の前に遡ってみました。
開発と環境保全が混在する場所
そこには、もともと野生動物の棲息地であった所に作られたゴルフ場や住宅がありました。同じ場所で、野生動物や自然環境を保全する動きと、その土地を開発して人が住み遊べる場所にしようという相反する動きがあったのです。この場所が人間のものなのか、動物のものなのかの意見は分かれるでしょう。しかし、その決着が付かないままに、開発と保全の両方が中途半端な形で進み、今のような交じり合った危険な状態にあるのです。
この「交じり合った危険な状態」の中で起きたのが今回の事故です。具体的には、今回の事故があったトレイルは、野生動物が棲息地から棲息地へと移動できるよう作られた野生動物回廊地帯の中にあり、野生動物が利用できるよう、立ち入らないよう自主規制が呼びかけられていたはず場所でした。
野生動物回廊地帯(Wildlife Corridor)とは?
バンフやキャンモアの町や国道1号線は、ボウ谷の下部にあります。標高が周辺部に比べて低い谷下部には、食べ物が豊富なため多くの野生動物が棲息します。ところが、町や道路などの開発が進められ、ひとつの大きなブロックだった棲息地が分断されて野生動物、特に広域の棲息地を必要とする熊などが行き来できなくなってしまいました。そこで1990年代に考案されたのが、国立・州立公園などの保護区をつなぐ役割を果たす野生動物回廊地帯です。
町の真ん中に通すわけには行かないため、町の周辺部に設けられました。これが、キャンモアのシルバーティップゴルフ場や住宅地付近、バンフのミドル・スプリングス住宅地のすぐ南にあるのです。この他、道路を動物が横切れるよう、道路の上に陸橋のような「アニマル・オーバーパス」や道路の下をくぐらせた「アンダーパス」も作られました。
なぜ回廊地帯に人がいるのか?
野生動物回廊地帯は、特に春の冬眠明けの時期や繁殖期に重要な役目を果たします。事故のあった6月も立ち入らないよう自主規制が呼びかけられていたようですが、トレイル使用者がこのことを自覚していたかどうかはわかりません。
国立公園内に位置するバンフ町と違い、開発面積に上限のないキャンモア(人口約13,000人)は、1996年から37%も拡大してしまいました。住民による利用から、幅約300mの野生動物回廊地帯に200kmに渡るトレイルも自然に発達してしまいました。州政府はこれらのトレイルを減らそうとしましたが、使用者からの抵抗があり進んでいなかったようです。
ベア99は、なぜもっと遠くへ移動させられなかったのか?
ベア99はイザベルさんを襲う約2週間前からシルバーティップゴルフ場付近をうろついており、野生動物保護官に監視されていました。そして、事故の約1週間前には、人間に近付きすぎたためバンフ国立公園内へ強制移動させられました。その後、ゴルフ場エリアに戻り今回の事故に至ったのですが、「なんで戻って来れるような近い所へ移動させたの?」と思った人も多かったでしょう。
パークスカナダや野生動物保護局は、熊を人間環境から遠ざけると共に、その後うまく生きていけるようにも配慮しなければなりません。そのため、強制移動の際に考慮する点がいくつかあります。まず、慣れない環境に移動させられた熊は、食糧集めなどが困難になるなどして生存率が低くなります。したがって、その熊の行動範囲内にある別の場所へ移動させることが理想的とされます。また、通常ひとつの場所に二頭以上の熊は共存できないため、すでに他の熊が棲んでいる場所は避けなければなりません。
もともとグリズリーベアの行動範囲はとても広域です。その上、ここカナダ・ロッキー山脈の東側斜面では開発が進んでしまい、アラスカなどの豊かな棲息地ほど食べ物が集中していないため、グリズリーはより行動範囲を広げて食べ物を探さなければなりません。ここに棲息するグリズリーの行動範囲は、雌で約500平方km、雄では約1,000平方kmといわれています。(ちなみにバンフ国立公園の面積は6,641平方km。)そして、一日に50kmもの距離を移動することもあるそうです。したがって、これら全ての点を考慮して選ばなければならない移動先は、必然的に限られてくるのです。
なぜ、トレイルは閉鎖されていなかったのか?
無線信号でベア99の居場所を把握していた野生動物保護官は、なぜ使用率の高いあのトレイル付近熊がいることを知りながら、トレイルを閉鎖しなかったのでしょう。これにもいくつかの理由があります。まず、保護官が記者会見などで強調していた「ベア99は人間に対して攻撃的な態度を見せていなかった」という点です。それまで人間に接近してはいたものの、それは興味本位の行動で襲うような気配は全く見せていなかったという主張です。
ベア99は、キャンモア付近へ戻ってから事故までの約一日間、ゴルフ場や牧場などから何度も追い払われていたようです。特に、事故寸前にはシルバーティップゴルフ場に出没し、トラックに乗った従業員に追いかけられ、コースから追い出されていました。こういったことがストレスになり、攻撃的になって事故につながった可能性もあるのではないでしょうか。
そして、いくら人間環境に近いとはいえ、事故当時ベア99は回廊地帯内にいました。攻撃的と判断されていなかった上、いるべき場所にいたことから、野生動物保護官はあまり積極的に追い払いや閉鎖を行なわず、至近距離でその動向を見守ることを選んだようです。また、事故のあったトレイルへ行くルートは十以上あり、すべてを閉鎖するのは困難だったことも挙げられています。グリズリーベアは一日に数十キロもの距離を移動することもあるため、その場所に長く滞在するとも限らず、行く先をいちいち閉鎖することができないのも現状なのでしょう。
事故後の動き
7月5日にアルバータ州政府は、事故のあったアッパー・ベンチランド・トレイルを永久的に閉鎖しました。この他にも、ボウ谷野生州立公園(”Bow Valley Wildland Provincial Park”のことで”Bow Valley Provincial Park”とは別の場所)やキャンモア・ノルディック・センター州立公園の一部が同時に閉鎖されました。広報担当者によると、今回の閉鎖はイザベルさんの事故と直接の関連はなく、キャンモア・カナナスキス地区の野生動物回廊地帯がうまく機能するためにとられた措置ということです。どちらにしても、事故により野生動物回廊地帯への注目が高まったことは確かです。
しかし、なんといっても今後気になるのが、キャンモアの町の開発です。90年代後半から住宅地、別荘やゴルフリゾートなどがどんどん建設され、町は外へ外へと広がり続けています。現在もスリー・シスターズゴルフ場の建設計画が進められており、町議会でその詳細が討議されています。いつになったら、この開発ラッシュに歯止めが掛かるのでしょうか。国立公園内のバンフでは不可能、または困難なリゾートや別荘、その他の施設の建設は、「公園外なら良い」という考えから、キャンモアへ集まってきてしまっています。
このまま行けば、イザベルさんの事故と同様なことが再発する可能性が高まっていくだけです。残り少ない未開発の土地で、人間と野生動物の共存は果たして可能なのでしょうか。
小林りん
*このコラムに関する皆さんの意見をぜひお聞かせください。banfftimes@telus.net
Let's Talk Like Canadians!!
〜英会話ワンポイントアドバイス〜
Be wrapped up in = (物事に)熱中する、没頭する、夢中になる
ひとつの事柄(あるいは自分自身や特定な人物)に全神経を集中して、周りのことはまったく目に入らない状態を表す言い回しです。
文法ワンポイント: ここで用いられるBe動詞は、主語の人称(I, You, She, He, Theyなど)と文章の時制(現在形、過去形、など)によって形が変わります。
例:She was wrapped up in her problems for a long time.
(彼女は長いこと、自分の問題に没頭していた。)
●Situation 1
Jim: Didn't you hear the phone ring?
Tom: No, I was really wrapped up in my work, and I didn't hear a thing.
●Situation 2
Lara: She's not very friendly.
Sara: I know. She is really wrapped up in herself. She doesn't think about other people.
Lara: Well, she's still young. Maybe she'll care about others when she gets older.
●Situation 3
Mary: Jim! Dinner is ready! Come and eat!
Jim: Okay, I'll be right there.
Mary: I know you are wrapped up in the football
game, but dinner is getting cold. Come to the table!
BY
Susan Taylor (Banff Education Centre講師)
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