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2002年5月上旬号
カスケード・マウンテン
数年前のことだった。場所はバンフ・アベニューの終わりにある国立公園の管理事務所。初老のアメリカ人夫婦がそこからの景色を無言で楽しんだあと、僕に向き直り突然話し掛けてきた。「一生に一度はこの景色を見たかったの。これで、心残りは無いわ。」そう一言僕に話し掛けるとそれっきり遠い目をしたままその風景から目を離せないでいた。
世界中からやってくる観光客達はここに来ると例外なく彼女のような反応を示す。町の終わりにあるこの公園事務所から見える風景はカナディアンロッキーで最も絵葉書に使われる風景の一つだ。バンフをおしゃれな通りが貫き、その向こうには町を見下ろすように大きな山が控えている・・・。4月22日のランチタイム前、この山を眺めていれば頂上から小さな点が三つ山の麓まで降りてくるのが見えたはずである。その点はあまりにも小さく、おそらく誰にも注目される事は無かったのではないだろうか。
午前2時、僕らはハイウェイに車を止め、ヘッドランプの光を頼りにその山の麓に向かった。山の山頂からは青白い光が波打つように淡い光が出ていた。
「久しぶりだな、バンフでオーロラが見えるなんて。」
その光は僕らの足元を照らすには微弱すぎた。しかしながら、月明かりさえない暗闇にシャンデリアのような華やかさを誇示していた。
山の麓に着くとそこからは急な登りだ。山頂から続く雪の通路に出ると僕らはスノーボードブーツにクランポン(アイゼン)をつけた。しばらくはゆるい登りだが、1時間も歩くと斜度は軽く40度を越えた。
今回のメンバーはいつもの仲間、僕とアツシとカザ。3人合わせて勝手に「SHOOTERS 3」と呼んでいる。今まであらゆる急斜面を攻めてきたが、これまでこんなに大きな山一つやっつけた事は無い。今回は僕らにとって大きなステップの一つである。
夜中の3時に登り始めてから、3時間ほどで森林限界線を越えた。空はまだ濃紺だ。夜が明ける気配も無い。バンフの町を見下ろすとオレンジ色の光がまぶしい。ここまで登ってくるとキャンモアの光が遠くに見える。ボウ・バレーの夜は意外と華やかだった。
6時を過ぎると少しずつ明るくなってくる。大気に光が帯びるのと反比例してヘッドランプの光が頼りなくなってくる。ヘッドランプの光が必要なくなる頃には、間違えて靴紐を踏みつければ命を落としてしまう真っ白な壁の中にいることに気が付いた。
所々、60度近い斜面を登る。スイッチ・バックで登る事は不可能なのでつま先の爪だけを使って登らなければならない。しばらくの好天で溶けた表面の雪は、氷点下で薄い氷に変わっていた。
大きな岩が行く手を遮る。胸元のポケットから写真を取り出し、ルートを確認する。まるでアミダクジだ。全てがバンフの町から見るより大きく、予定していたルートを見つけるのに苦労した。遠くから小さく見える岩の壁も近付けば、バンフ・アベニューのホテルの2倍以上もある。とにかく全てが予測していたよりも大きかった。
町から見ると細い雪の通路に見えたところが、実は半分氷の滝になっていた。そこを滑り降りる隙間はほんの5メートルほどしかない。しかも、上からは見えない。帰りに見失わないように周りの地形を頭に叩き込んだ。
ボウ・バレーの東から暗い雲が近付いてきた。あの雲がやってくればここは深い霧に包まれるに違いない。僕らは頂上に向けて歩調を少し速めた。しかし、6時間以上も登りつづけた足はなかなか、前に出てくれなかった。
雲が現れて、1時間もすると、山の山頂付近は真っ白な霧に覆われた。真っ白でバンフの町は全く見えない。しかし、その時には頂上直下だった霧の中を一気に頂上に向かって登る。
頂上はものすごい風が吹き荒れていた。何も見えない。時計を見ると10時を過ぎていた。僕らは強いかぜの吹き荒れる山頂から避難し、風のよけられる場所を探した。
頂上直下の崖の下に何とか風をよけられる場所を探し、天候が回復するのを待つ。無線でバンフの町で僕らを見守っているはずの仲間に連絡する。
「下から見て、天気が回復する予兆はあるのか?」
「東から、雲の切れ間が来ている。もう少し待ったほうがいい。」
3キロしかとどかなはずの無線はすこぶる調子がいい。まるで隣で話しているようだ。彼らの指示を待ち、大きな雲が過ぎるまで待つ。ものすごく寒い。下と連絡をとると、町はものすごく暖かく、ビールを用意して待っているという。しかし、ここに居るとビールよりはむしろホットチョコレートの方がありがたいと思った。
「もうすぐ晴れ間が来る。滑る準備を始めた方がいい。この晴れ間は長くは続かないと思います。」
地上から連絡を受けた僕らはいそいそと準備を始めた。
雲が切れる。太陽が頬を刺す。両足は緊張で疲れなんかすっ飛んでいる。眼下には50度を越える斜面がどこまでも続いていた。しかも、硬い。エッジが抜けない事だけを祈り、その斜面に突っ込んだ・・・。
その1時間半後、僕らは冷たいビールを飲んでいた。とにかく無事だったってこと。そして、まだまだ僕ら「SHOOTERS」にはやりたい事がいっぱいあるのだけは確かだ。
永作まさかず
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