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自然の贈り物
なんと、この森の活き活きとしてみずみずしいことか。上を見ても下を見ても、ぐるりと何処を見回しても、殆どが濃厚な「緑」に覆い尽くされている。まるで太平洋沿岸に広がるレインフォレスト(多雨林)に迷い込んだような錯覚さえ覚える。大気は湿気を充分に帯び、露出された私の皮膚に柔らかく吸い付く。一歩前進するのに足首まですっぽりと苔に埋もれた足を引き抜かなければならず、前に進めた足はふわりとした感覚と共に再度苔の中へ沈んで行く。
緑以外に見える色は、木々の樹皮と苔さえ覆いきれなかった巨大な岩の一部、そして頭上の枝葉の隙間から垣間見える空の青くらいのものだろう・・・。
いや、もう少し注意深く観察してみると、それら以外にも小さく遠慮がちにではあるが、存在をアピールしている物があるようだ。例えば、数分間歩き回るうちに熊の糞が四つ落ちていた。木の実の種が数多く混じった黒っぽい糞には動物性タンパク質を採った形跡が見られず、それはこの地域の植生の豊かさを裏付けているようでもある。案の定、森の外れまで行くとレッドラズベリーやスィンブルベリーなどがたわわに実っており、そのびっしりと茂った低木や潅木に幾つかの獣道が開かれている。そこを抜けると、更なる森の奥深くまでもぐり込んで行ける。
ここでは太古の昔から繰り返されてきた営みが、今でも続いているように見える。歳をとり過ぎた老木は倒れ、若い木々に生きる場所と生きる糧となる栄養分を残す。そしてその倒木にも、まるで朽ちてゆく醜い姿を曝させない配慮のごとく、ゆっくり時間をかけて緑の絨毯が覆い被さってゆく。「数百年の単位で繰り返されてきた自然の仕組みを、たかだか数十年しか生きない人間が完全に理解する事は不可能なのかもしれない。」それは決して諦めではない。只、自然に対する敬謙と畏怖の念が心の深い所から湧き上がって来るのだ。それは人がまだ自然の一部であった頃、遺伝子に刷り込まれているはずのものである。これこそが、人々が普段忘れてしまっているが、本来そうあってはいけないものなのだろう。これが感じ取れただけでもここに来た甲斐があった。この遥か遠い記憶こそが最も大切な自然の贈り物なのかもしれない。
今私がいるのは、カナダのブリティッシュコロンビア州にあるアッパーアローレイクという湖の東側沿岸である。私の住むアルバータ州のバンフから車で5〜6時間、約350キロの距離を隔てた場所までわざわざ出向いて来たのは、もう一つのささやかな自然の贈り物を見つけるためだ。それは秋の味覚の王様「松茸」である。
カナダ産松茸、英語名と学術名はPine Mushroom [Tricholoma magnivelare (Peck) Redhead ]。日本産松茸の学術名が [Tricholoma matsutake (S.Ito et Imai) Sing] なので、同じキシメジ科・キシメジ属のキノコではあるが、全くの同一種ではない。実際外見も日本産と違い白っぽくて大きい。しかし別名を Canadian white matsutake とも言うように、日本産に極めて近い種であると考えられている。その証拠と言えば語弊があるが、最も大切な要素である独特の香りは日本産に迫るものがある。以前に知人からおすそわけしてもらって、その風味を十二分に楽しませていただいたことがあり、それに関しては折り紙付きである。私個人の趣味で創めた「カナダの山菜・キノコ調査隊」の現地調査第一号に抜粋したのも、その知名度や価値からいって当然と言える。そんな経緯から始めた松茸探しだが、これが決して楽なものではなかった。2年越し、走行距離3500キロ以上に及ぶ時間と労力を注ぎ込んだ末、初めての一本が手に出来たのであった。
私が最初に始めたのは、日本産松茸の情報収集である。どのような条件が松茸を育むのかを調べ、それをカナダの松茸が採れるとされている地域の条件と比較してみた。
土壌・・・花崗岩、流紋岩、砂岩、赤色古生層など、有機質の少ない岩石が風化して出来た土壌が良い。
奇主・・・赤松(25〜80年)、その他に黒松、ハイマツ、エゾマツ、ツガ、コメツガなど。
気温や湿度に関する情報は得られなかったが、繁り過ぎた広葉樹は林を暗く湿っぽくするので良くないそうだ。更に落ち葉によって出来る腐食土層が厚すぎると良くないそうだ。こうしてみると、適当な水分は必要ではあるが、ちょっと多過ぎてもいけないという微妙なバランスが必要とされるらしい。そして夏に降る雨の量や、松茸シーズン直前の雨も重要な要素らしいのである。どうも調べれば調べるほど、採って食うのが可哀相になるくらい弱々しい奴という印象を受ける。それでも毎年沢山採ってくる人もいる訳だし、果ては日本に輸出までしている訳だし、要は広大な自然が広がるカナダにおいては、乱獲さえしなければ大丈夫と言う懐の深さがあるのではないだろうか?なんて勝手な理屈をつけないと前進できないので、取り敢えず沢山採るのだけは控えようということにして先を続けた。
このような情報をカナダの地域に当てはめようとしたが、土壌や植生の情報収集は、私の英語力の無さから断念せざるを得なかった。そこでまず聞きこみ調査によって得られた松茸の採れる森情報から、実際に現地に行って見ることにした。そして実際に採った人達の話をもとに探してみることにする。
まず、松の木と杉の木を見分ける。これは問題無い。赤松を見つける。ここに問題あり。カナダに日本産赤松 [Pinus densiflora] と同一種の松は存在しないのだ。最初の壁に当たる。しかしカナダ産松茸の学術名が以前は違っていたということが分かり、調べるとこうであった。[Amerillaria ponderosa Peck] 。そしてカナダにある松のなかに、Ponderosa Pine [Pinus ponderosa] というのが見つかった。どうもこれが臭い。日本においてもほとんどが赤松につくような情報であったので、手っ取り早い方法として、まずこのポンデロサ松を捜し始めた。そしてこれがもとで、泥沼にはまり込んで行くことになるのである。この地域には幾つかの種類の松があるが、針葉が三本ずつ生える松はポンデロサ松だけなので、比較的楽に探し出せた。但し、図鑑で見る物と違って樹皮は赤っぽくなかった。おかげで一抹の不安がぬぐい切れないが、自分の中では松茸に一歩近づいたつもりでいた。
松茸菌は針葉樹の1o未満の細根に感染し、菌根を介して物質を遣り取りする。つまり共存するのである。そのまま上手く成長すると、「シロ」と呼ばれるリング状のコロニーのようなものを形成する。これが1.5〜2.0リットルほどになると松茸の子実体(キノコ)を発生させる。
ポンデロサ松の周囲を隈なく捜すもキノコの姿は一向に見つからない。違う森に行って違う松の周りを探しても見つからない。この繰り返しを延々と続けた末、去年は敗退したのである。
今年は初めから不安との戦いだった。どうも自分のやっている事がまったく見当外れの方向に進んでいるような気がして仕方なかった。このまま同じ事をしていては今年も一本の松茸も見つける事が出来ない。そんな弱気なスタートだった。そこで反省し、再検討してみる事にした。日本産松茸の情報では、エゾマツやツガにもつく事があるとか・・・。そこでモミと杉以外の針葉樹の周りは全て調べてみる事にした。実際この辺りは松よりもエゾマツや米松、米ツガのほうが圧倒的に多い。松茸も同一種ではないので、日本とは少し勝手が違ってもおかしくはない。そこで早い年には9月上旬から出だすという情報をもとに、まだ秋の気配のしない時期からのり込んで行ったのである。一回目は空振り。これは早すぎた。そして9月中旬、諦めかけた頃にようやく念願の一本を見つけたのだった。やはり米ツガに付いていた。米ツガの英語名と学術名は Western Hemlock [Tsuga heterophylla] 。周りにはアスペン、米杉、ウェスタンホワイト松、ウェスタンカラマツなどが生えており、下草やシダ類は殆ど見られなかった。しかし、殆どの地表を苔が覆っており、日当たりもさほど良いとは感じられなかった。しかし木と木の間は適当な間隔が開いており、風通しは良さそうに見えた。このような状態で松茸が生えているとは思っていなかっただけに、初めは喜びよりもショックのほうが大きかった。これならただ闇雲に捜したほうが早かったではないか。
来年以降もここで松茸が採れるようにと、松茸を採る前に傘を軽く叩いて胞子を落とし、抜いた後はそっと埋め戻しておいた。あるだけ全部採るのではなく、二本あればそのうちの一本だけ採るような配慮をしないと、ここの松茸も日本の松茸のように採れなくなってゆくのかもしれない。周りの森林がどんどん伐採されていく現状に直面すると、日本の松茸事情もまんざら他人事では済まされないように思える。しかし、これだけ科学技術の進んだ現代において、松茸の人工栽培が可能になるのもそう先の事ではない様にも思える。そうなれば、安くて美味しい松茸が大量に出回り、人々の食卓を賑わすことになるだろう。しかし・・・それはそれでとても寂しい事のように感じるのは私だけだろうか。
小池健一朗
投稿欄
〜黄葉(おうよう)???〜
日本語に果たして「おうよう」という言葉があるのだろうか。ちなみに「こうよう」をワードで漢字変換してみると「紅葉」と共に「黄葉」の文字も出てくる。「黄葉」は「こうよう」と読むものだと以前より思っていた。「カナダでは『黄葉』を『おうよう』と言います。」とは、日本語がカナダで作られたと言う事なのだろうか? ガイド研修担当の誰かが読み間違って使い始めたものが定着してしまったものではないだろうか?そうだとしたら、お粗末で恥ずかしい話だと思う。
水戸黄門を「おうもん」と読まないし、中国の河も「こうが」(黄河)であって「おうが」とはいわない。「カナダでオウヨウを見てきました。」とは果たして日本で通じるのだろうか?
「西部カナダの秋は、黄色が主体で『黄葉』と書く『コウヨウ』です。」という説明が正しいのではないだろうか。納得の行く説明があればお知らせ頂きたい。
宮副 徹
「夏休みの思い出」
バンフ日本語学校より
斉藤 かれん
今日、七本めのはがぬけました。まだぐらぐらしていたときは、たべるときいたかったけど、ぬけたら気もちわるかったです。
塩野 智代