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2003年1月合併号

           氷河期を見た魚 

 ネイティブアメリカン(インディアン)が戦いをする場合、彼らが使うとどめの一撃はどんな技かと言うと、それは「喉切り」なのです。敵の髪の毛を鷲づかみにして後ろにぐっと引っ張ると喉の部分があらわになる。喉には頚動脈や気管など生きるのに必要な大切な器官が集まっており、そこを一気にナイフでズバッと切り裂く。すると回復する見込みの無い深い致命傷となって、相手を素早く静かに死へと導くのである。喉を切られ絶命した者の魂は、血で汚れた姿を洗い清めるために、澄んだ水の流れる清流へと集まって来る。そこで彼等は魚に姿を変えて、再び人間に生まれ変わる輪廻転生の順番をじっと待ち続ける。しかし、魚に姿を転じたからとはいえ、冷たく澄んだ水によって出血が止まり血が洗い流されても、喉に刻まれた深い傷は痛々しい赤い筋となって何時までも残り続ける。この「喉に赤い筋を持つ鱒」、カットスロートトラウトを追い求めてオールドマンリバー上流部に通いつめた、物好きな釣りキチのこの夏の思い出話を御紹介する。

 現在、カナダのアルバータ州で確認されている魚は63種類。しかし、我々に馴染みのある、所謂釣ったり食べたりするのに向いている魚は18種類と報告されている。アルバータ州のフィッシングレギュレーション小冊子の最後のページにある魚種別の最大記録表を見ると、その18種類が載っている。これらは御馴染みなので列挙を割愛させていただいて、いずれ機会がある時に一つずつ詳しく取り上げようと思う。代わりにここではあまり馴染みの無いであろう「例外」について簡単に触れてゆく。
1.レインボウトラウトとカットスロートトラウトの混血であるレインボウズ・カッツ・クロス(カットボウズとも呼ぶ)。南部ではCarbondale RiverやWestcastle River。北部ではTorrens Riverなどに棲息。
2.ノーザンドリーバーデン。日本のオショロコマ(サウザンドリーバーデン)の亜種とする説が有力。カナナスキスのChester Lakeに棲息する。
3.スモールマウスバス。エドモントンの北東方面にあるスモ−キーレイクという小さな町の北にあるハンモアレイクという湖から、更に北東へ5キロのところにあるIsland Lakeに棲息。
4.ケベックレッドトラウト。アークティックチャ−の親戚らしいが、今のところ詳しい情報を得ることができない。バンフナショナルパークのBlock Lakesに棲息。
5.スプレイク。ブルックトラウトとレイクトラウトの混血で、生息地としてはバンフナショナルパークのLake Agnes(残念ながら釣り禁止)が有名。
6.シスコ。レイクホワイトフィッシュを小さくしたような魚で、カナナスキスのSpray Lakes-Reservoirや、バンフナショナルパーク内のLake Minnewankaに棲息。
 これらはほとんどが人の手によって放流されたものか、放流した魚と元々そこにいた在来種が何らかの理由から交配し混血となったもので、いずれにしても人の手が加わっている。一般的な釣りの対象魚にしては生息域も数も少ないのと、きちんとしたデータが無いなどの理由から例外的な扱いとなっている。この例外にゴールデントラウトが入らないのは不思議だが、案外この魚を狙って釣る人は私が考えているよりも多いのかもしれない。きっちりと18種類の仲間入りを果たしている。
 ところで、18種類のうち10種類がサケ科の魚で占められているということは、それだけ釣って面白く食べて美味しいということなのだろう。ここからがいよいよ本題で、アルバータ州のマスとイワナに絞って話を進めてゆく。サケ科は3亜科、11属、約66種〜130種(研究者の分類のしかたにより大きく異なる)に分類される。我々がマスと呼んでいるのは、サケ亜科・オンコリンクス属とサケ亜科・サルモ属に、イワナの場合はサケ亜科・サルベリヌス属に属する。そしてアルバータ州のマスとイワナは以下のように分類される。    
〜注釈:* 印は在来種〜
マス ;オンコリンクス属(レインボウトラウト、ゴールデントラウト、カットスロートトラウト*)サルモ属(ブラウントラウト)
イワナ;サルベリヌス属(レイクトラウト*、ブルックトラウト、ブルトラウト*)
 この中で在来種はたったの3種類しかいない。マスに至っては1種類、カットスロートトラウトのみである。文明を持ったヨーロッパ人がこの地に来て異なる種類のマスを移殖するまで、アルバータ州には1種類のマスしか生息していなかったことになる。これには釣りキチならずとも興味をそそられるではありますまいか。太古の昔から(おそらくはウィスコンシン氷期が終わった1万1千年前から)ここに棲み続けている唯一の在来のマス、カットスロートトラウトを求めて、自然繁殖している数少ない川の中から釣りキチが選んだのはオールドマンリバー上流部だった。アルバータ州南部に位置し、ロッキー山脈に源流を持つこの川は、最終的にレスブリッジとメディスィンハットの中間辺りでボウリバーに合流して終点となる。バンフからは、車で約3時間で上流部にあるオールドマンリバー・キャンプ場に到着する。そこを拠点に、上流部へ遡ったり下流部へ下ったりしながら各ポイントを攻めて回ったのである。
 オールドマンリバーも例外ではなく、源流部に近いほど川幅が狭くなり、水量も少なくなる。あまり水が少ないのも魚が生息するには都合が悪く、あまり多すぎると釣り辛い。源流部から上流部にかけて一通り見て回ったが、最源流部はほとんど湿地帯に近い状態で、釣りをする気にならない。しかし、そこから下流は川幅もさほど広くなく、水量も適当な状態がひたすら続いてゆく。ダッチクリークという支流が交わる所から川幅が広がりだすが、そこまでは楽に対岸までキャストできる程度の川幅で、いかにも何かが潜んでいそうな淀みが幾つも見られる。そして、実際目星を付けたほとんどの淀みでカットスロートトラウトが釣れたのである。レギュレーションによると、6月16日から8月31日までは、30cm以上のマスを2匹までキープできる。去年は、36cmのメスが運悪くも塩焼きにされて、釣りキチの腹の中に納まっている。しかし、今年は寂しくも0匹!という結果になってしまった。実はこうなってしまったのにはこんな理由があるのだ。
 シーズン初め頃、キャンプ場の管理をしているおやじさんから「つい最近キャンプ場のすぐ近くで50cmのカットスロートを釣ったぞよ。」という自慢話を聞かされてしまったからである。以後、釣りキチの頭の中は「50cm」という数字で一杯になり、それからというもの、30cmオーバーが釣れても余程の大物でない限りキープする気が起きず、ひたすらキャッチアンドリリースを繰り返すのみであった。結局シーズンが終わってみると、一番大きい物でも40cm弱と、去年とさほど変わらない結果しか得られず、欲張ったばかりに何も持ち帰ることができない始末であった。しかし、釣り上げた数で見ると去年を大幅に上回る結果が出た。(と言っても1日に10匹前後)これはやはり、少しずつでもこの魚の習性やこの川の事を理解してきた結果であるように思う。どのような所に潜み、どのような時間帯にどのような餌をどう食べるか?そういった諸々の条件を一つ一つ丹念に観察し、上手く魚を騙すにはどうキャスティングしたら良いかなど、色々と思考錯誤を繰り返した上での数字であるはずだ。それとも単なるまぐれだろうか、どうだろうか?

 さて、このカットスロートトラウトについてご紹介する。英語名と学術名はCutthroat Trout・[Oncorhynchus clarki]。分類ではサケ目・サケ亜科・オンコリンクス属・ラブドファリオ亜属に属する。(オンコリンクス属をサルモ属の亜属とする説もある。)最近では北海道でも放流が行われているそうで、一部の管理釣り場で釣ることが出来るらしい。名前の通り、喉に赤いラインが一対入っている。ひっくり返して見ると、口とえらの間にハの字型にそのラインが確認できるはずだ。アルバータ州での最大記録は、1988年、ウォータートンレイクナショナルパークの近くを流れるキャッスルリバーで釣れた9ポンド9オンス(約4.3kg)で、14年経った今でも破られていない。一度こんなのを釣ってみたいものだ。
 釣り上げる事は叶わなかったが、今年は実際に50cmオーバーの大物がライズするのを間近で目撃するという機会があった。オールドマンフォールという滝の滝壷に潜んでいる奴だった。それが少し変わった登場のしかたで現れた。それは餌を狙ってライズしたというよりは、「下手な釣り人をバカにでもするようにチロリと横目で釣りキチの顔を覗きに来た」というような感じだったのだ。このような態度をとられては、当然釣りキチも黙ってはいられない。頭に血が昇るのを無理矢理押さえて沈着冷静を心掛け、それからひたすらこの御仁をだましてやろうと躍起になってキャストしまくった。(そう、まるで冷静ではなかったのだ。)立つ位置を変え、フライを変え、キャストのタイミングや角度、強さや距離を微妙に変化させ、それこそ持てる力を総動員して、3時間の間全く休憩を取らずに頑張り続けた。最後は目も霞み、投げたフライが足元に流れて来るまで見つけられない程疲労困憊していた。こうなった時点で負けを認めざるを得ないと悟り、諦めて滝壷をあとにした。しかし、ここまでやったら悔しさも沸いてこない。明らかにこの御仁の方が一枚上手だったのだ。こうなると「善戦虚しく・・・」というよりは、生きる事への執着、生きる力の強さをまざまざと見せ付けられ、恐れ入りましたといった感じだった。今の釣りキチの技量ではこの御仁を釣る事は到底叶わない。他の川で修業し直して何時か必ず戻って参ります。「なんだか返り討ちにあった道場破りみたいだな・・・。」

 最後に、この夏反応が良かったフライを紹介する。時期や天気によっても違った結果が出るだろうが、私の場合は全てドライフライで釣った。ロイヤルコーチマンやエルクヘアーカディス、ブラックミッジの14番から18番が効果的であった。少し大きめのマスはグラスホッパー系のテレストリアルによくアタックしてきた。この夏の釣りキチの最大の失策は、大物用のフライを持たずにこの川を攻めたことだろう。大型のストリーマーやテレストリアルを幾つか用意しておいた方がよかったように思う。というのも、何処にどんな大物が潜んでいるとも知れないほど懐の深い川だからである。このような川が幾つもあるから釣りキチは益々釣りにはまってゆくのである。それは一度この楽しさを知ってしまうとやめる事など出来ないという、常習性の強い中毒症状に似ている。彼はもうここから抜け出せない。しかし、彼は幸せであった。

小池健一朗


 

             「自然感」

 バンフの町は自然を保護しようという運動が高まってかなりいい環境だが、年間観光客数が400万人以上で、どうしても環境への悪影響が懸念される。たとえば、車の排気ガスや町からの汚染水など。また、車や列車に動物が轢かれてしまったり、人間に慣れきった攻撃的な動物がやむを得ず殺されることも稀にある。急速に悪くなることはこれから先ないだろうが、良くなるとも思えない。徐々に動物は北へ移動し続け、やがていなくなる可能性もあるのではないだろうか。
 しかし、パークスカナダ(国立公園管理者)は北や西から動物を運んできてはバンフ国立公園などに放つ。すでにこの国立公園では「人間によってうまく作られた動植物の生体系」が成り立っている。
 では人数規制をかけるのはどうか。そうすると、国立公園の外、近辺のキャンモアの町などが急速に発展し、密猟者が増え、ハイカーなどが不法に侵入し、新たに膨大な数の草花が生き絶える・・・。それに、バンフを通っている道はカナダで最も重要な主道路トランスカナダハイウェイだ。カナダ経済にも影響するのでこの問題は複雑極まりない。
 では、プリンスルパート、ホワイトホース、デナリ、アリューシャン列島、カムチャッカ半島はどうか。この場所は少々人間の手が加えられているが、ある程度本当の自然が残っている。全く手を加えてない場所があるが、そこは北極に限りなく近い場所。一ヶ月しか雪が解けない地表で、一斉に芽が出て花が咲き枯れる。
 しかし、こういった場所になればなるほど冬の生活が厳しい。人類が手を加えていない場所は、過酷な場所なわけで必然的に自然が残っている。地球上で本当の自然が残っており、十分な生活ができる場所はもう残されていない。それは今までの歴史がそうさせている。
 例えば、富士山に関しては平安中期(西暦1000年頃)から登山道が開かれ、富士信仰の関係で集団登山が行なわれてきた。江戸の民衆にとって富士登山は、一生に一度は行うべき行事になっていた。人類と1000年もの時を経た富士山は整備されつくし、その上膨大なごみが放置されていることなどから世界遺産に登録することができなかった。
 しかし、更に昔の日本はどうなのか?25000年前、縄文人が日本にやってきた頃、人は米など全く作っていなかった。人はそういった畑などを作らなくても野を歩けば華やかな花、豊富な実がなっており、茂みを歩めばたくさんの動物、鮮やかな鳥が存在し、海や川を覗けば、澄んだ水から活きのいい魚が悠々と泳いでいる。ここに絶え間なく広がる自然がある。しかし、今現在の日本では四季を感じることがだんだん少なくなっている。春には植林された桜が散り乱れ、夏には冷房がきき、風鈴をつける家は少ない。秋には収穫を経験する機会がない人が多く、冬には家は完全暖房で、外に出る機会を失っていっている。一人一人のパーソナリティー、五感が薄れていっているのではないのか。母親のぬくもりを感じる時を忘れているのではないのか。
 この先、地球温暖化でいずれは温暖期に入るであろう。今年はバンフ近辺で雪が積もるのが例年よりも遅い。日本では、猛暑で30度以上の日が何十日も続き、記録を塗り変え、秋になるとすぐに寒くなり、四季を感じにくくなってきている。日本の良さの一つ四季が乱れつつある今の時代だからこそ、現状を把握し理解すること、そして四季、自然を感じ取ることが必要ではないだろうか。

藪木崇之


           神秘の国、トルコへ

 素朴で温かい人々やイスラム圏の摩訶不思議な空気に触れ、ぼくは興味深い発見をしました。「トルコはもしかしたら、日本を『反転』させた国なのかもしれない・・・」と。
 まずは「国旗」・・・。日本は白地に赤の日の丸で「太陽」を表わしているけど、トルコの国旗は赤地に白い「星」と「月」。色使いも反対で、天体も見事に陰陽に対比できます。
 また、トルコの語源は「突喚」という文字からきています。日本語に近い言葉も多くて、「イチジク」は「インジル」、「内」は「ウチ」といったり、「話しました」は「フヌシュムシュトゥ」などなど・・・音が似ているだけでなく、文法も酷似しています。そのせいか、流暢な日本語を話す人の多いこと、多いこと!
 畳と絨毯、お膳での食事、相撲に似た競技に歌舞伎に似た舞い、サズは三味線と同じ。見合いの習慣や男尊女卑の風習・・・。
 そもそも同じ民族だったのが、どこからか分かれて「仏教」と「イスラム」の教えに従って、別個の歴史を形成してきたのかもしれない・・・。
 トルコの国土は日本の2倍、4000mを超える山もある。少し郊外に出ると、道の両側には果樹園や穀物畑がどこまでも広がっていて、自給自足がしっかりとできている国。対する日本は、政府の減反政策で穀物の自給率は30%をとうに割ってしまっている。
 いま、何千年も経って言えるのは、世界に通用する「円」をふりかざすぼくたちよりも、一歩国をでたら「紙くず」でしかない「リラ」を稼いで生活している彼らのほうが、おそらく精神的にはずっと豊かだってこと。
 でも、そんな現実の矛盾を直視する機会に恵まれただけでも「円高」には大きな意味があったのかもしれない。
 カッパドキアやパムッカレなどの奇異な自然に恵まれ、食事もおいしく、人間もあったかくて・・・。ここしばらくはトルコに夢中になりそうです。
 なんとか年内にもう一回行くぞ!  

滝元 隆伸


 


               
カナダで読むバイブルストーリー7

 子供の名前をつけるのに命名本を見て研究するのは、日本人だけではないんですね。キャンモアの図書館にもカナディアン用の命名本がいくつかありました。あなたの名前には、どんな意味や願いがこめられているのでしょうか。
 きょうは、世界中でポピュラーなナオミさんの話です。私は、日本人はもちろん、カナダ人のナオミさんもフィリピン人のナオミさんも知っています。そして聖書のナオミさんも。ヘブル語でナオミは、「心地よい・喜び・楽しみ」という意味です。
 ずっと昔、イスラエルを大飢饉が襲いました。そのため、ベツレヘム出身のエリメレクは、家族ともどもモアブに移り住んだのです。妻の名はナオミといい、二人の息子がいました。モアブで暮らして10年のうちに夫にも二人の息子にも先立たれ、ナオミと息子の嫁達だけが残されました。故郷は神様のおかげで再び大豊作に恵まれたと伝え聞いて、彼女は、二人の嫁を連れてイスラエルへ帰ろうと決心しました。しかし、帰郷の途について間もなく、ナオミは考えを変え、二人に実家へ帰って再婚するよう言い聞かせました。次男の妻は、泣く泣くしゅうとめに別れを告げて郷里へ帰りましたが、長男の妻のルツはナオミから離れようとしませんでした。「ナオミは、ルツの決心が堅く、これ以上説得してもむだだと知ると、もう何も言いませんでした。こうして二人はベツレヘムへ帰り着き、村中がそのことでわき立ちました。女達は、『まあ、ほんとうにナオミさんかい』と大騒ぎです。しかし、ナオミはこう答えました。『お願いだから、ナオミなんて呼ばないで。マラ(つらい)って呼んでちょうだい。だって全能の神様に、ずいぶんつらい目を見させられたんだもの。あんなに意気揚揚と出て行ったのに、無一文で連れ戻されたってわけよ。神様に見捨てられてこんなに禍(わざわい)をこうむったあたしを、どうしてナオミなんて呼ぶの!』」ところで嫁のルツはボアズという人の畑に行って落穂拾いをしているうち、彼の好意を得ます。やがて二人は結婚し、男の子が生まれました。「女たちはナオミに言いました。『よかったわね。神様がこんなにかわいいお孫さんを授けてくださるなんて。きっと有名におなりだわ。将来が楽しみね。おかげであんたは若返り、老後の心配もありゃしない。なにしろ、あんなに母親思いのお嫁さんから生まれた子供なんだもの。』」リビングバイブル ルツ記1:18−20、4:14
 全国のナオミさんに祝福がありますように。

Grace Japanese Christian Church
丹羽宏子

 


 


                         
静かな冬の読書紹介

 バンフタイムズインフォルームで日本語書籍の貸し出しを始めてから、約1ヶ月が経ちました。土日祝祭日も含め、毎日17:00〜20:00の間に貸出、返却を受け付けています。貸出期間は1週間です。本の他にもバンフタイムズバックナンバーの閲覧や一部配布、各種日本語雑誌、新聞の閲覧が可能です。「まだ行ったことがない」という方、ぜひ足を運んでみてください。
 皆様の寄付のお陰で書籍の数も順調に増えています。今後もいらなくなった本がありましたら、バンフタイムズ編集部までぜひお持ち下さい。
 では、貸し出しを行っている本の中から、今回も数冊ご紹介したいと思います。

『スプートニクの恋人』村上春樹著 <フィクション>
今や海外でも高い評価を得ている村上春樹の準新作。作家志望のすみれの激しい恋の物語。その様子を静かに見守っていたすみれの友人の「ぼく」も、いつのまにかその非現実的な世界に引き込まれて行きます。恋愛や友情のあり方について考えさせられる作品です。読み終わったときに、嵐が過ぎ去ったような感覚を覚えるでしょう。

『経済ってそういうことだったのか会議』
佐藤雅彦・竹中平蔵著 <経済>
現在日本で経済財政・金融相を務める竹中平蔵氏が、その就任前、「バザールでござーる」などの人気CMを手がけたメディアクリエイターの佐藤雅彦氏の経済に関するあらゆる質問にわかりやすく答えた対談形式の本です。佐藤氏直筆のおもしろ1コマ漫画や「竹中語録」なども含まれており、題名からしても、今まで経済をちょっと厄介もの扱いにしていた人にはぴったりのとても読みやすい一冊です。

『だから、あなたも生きぬいて』
大平光代著 <ノンフィクション>
いじめを苦に自殺未遂を起こし、その後非行に走った著者が、中卒の学歴を乗り越えて最難関といわれる司法試験に合格するまでを書き綴ったノンフィクション。涙も出るけれど、一歩を踏み出す勇気が湧いてくる作品です。著者は現在、非行少年少女の更生に努める弁護士として全国で奮闘中。

『新トロイア物語』阿刀田高著 <フィクション>
ギリシャ神話の中のトロイア戦争について書いた歴史小説。トロイア戦争についての本は、ほとんどが攻めるギリシャ側の視点で描かれているのに対し、この本は攻められるトロイア側の視点で描かれている物語です。ギリシャ神話を読んだことのあるなしにかかわらず楽しめる本です。

 


 

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